有田川鉄道交流館

かつて 紀勢本線の藤並駅から 有田鉄道が走っていた。
その終点の金屋口駅の跡地にオープンした
有田川鉄道交流館
に行ってきました。

もと富士急のキハ58両運転台タイプがキレイにレストアされて走っている。



画像




Wikpediaより~
富士急行のキハ58 [編集]

キハ58003
2002年1962年から富士急行線の起点大月から中央本線の急行「アルプス」に併結して新宿まで乗り入れる急行「かわぐち」が運行を開始した。

「かわぐち」用の車両は、運行区間の富士急行線内および中央本線の大月 - 新宿間は電化路線であるため電車を用いることができるが、併結する急行「アルプス」が非電化路線[35]を走行するためキハ58系等の気動車で運転されることから、富士急行でも1961年と1963年に計3両のキハ58を自社発注した[36]。

中央線および富士急行線は急勾配路線であるために全車が2エンジン仕様で形式はすべてキハ58であるが、その表記は国鉄の旧形電車のような5桁数字となり、58001 - 58003とされた。001・002は国鉄のキハ58オリジナル車と全く同一の片運転台車で、背中合わせに2両編成を組んだが、予備車兼用の003は001・002のいずれとも連結可能なように便所・洗面所省略の両運転台仕様で製造された。58003の増設側運転台寄り戸袋窓は、客室窓そのままのサイズの広幅・大型なのが特徴である。

1975年に富士急行線直通の「かわぐち」は電車化される形で「アルプス」に統合され、富士急行のキハ58は運用を失った。このため3両は有田鉄道に譲渡され、同社のキハ07形を置き換えた。なお、入線の際には有田鉄道線が全線で平坦であるため、全車がエンジン1台を撤去している。また、001・002は便所・洗面所も撤去している。

長らく有田鉄道での運用が続いたが、利用客の減少が続いた後年にはもっぱら両運転台・単行運転可能な003のみで運用を賄うことになった。これにより001・002は徐々に稼動する機会を失い、早期に廃車となった。後に樽見鉄道からレールバスのハイモ180が入線してからは予備車の扱いとなったが、同鉄道の廃止まで在籍した。

で これがその003号機である。

残念ながら 走行中は列車の中には入れない。。


他には、こんな車両も・・



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D51 藤並駅前に展示してあったもの




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ハイモ180



そのほかにも 裏手にはいろいろ車両が・・



続きは次回。


ps

ここは 鉄道アイドル 木村裕子チャンも来ていた。

ちゃんとサインも飾ってありました。

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この記事へのコメント

gop
2010年05月19日 04:43
中央線急行「アルプス」ありましたねぇ、昔は国鉄色のキハ58なんて何も珍しくなかったですけど(当たり前か)あれから40年(笑)同じ中央線の201系も残り1編成、来月で廃車だそうで、毎朝各駅ホーム端に撮り鉄が居ます(^^
しゅう
2010年05月19日 22:41
急行「アルプス」は実は知りませんでした。
アルプスつながりで 特急「北アルプス」は知って
いましたが・・・

キハの車内は冷房も無く、国鉄に在籍した歴史は無いのに扇風機には「JNR」マークが輝いていました。

逆に冷房無い方が天井高く広々と感じられます。


中央線の201系 僕も何度か中央線にお世話になり
中央特快のヘッドマークもりりしかったです。

同じ車両は 大阪では環状線で
これまた首都圏では見なくなった 103系とともに
まだまだ現役で見られそうです。

40年も経っていたのですね。
そう思うと 車って寿命短いのですね。

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