セキスイハイム M3の考察 6

セキスイハイムM3の モジュールピッチの研究

1)我が家のモジュールの場合
  柱心々のピッチは、2364×3740:
  ただし、端柱は100角の柱1本だが、モジュール連棟部は100角柱が
  2本隣り合わせになるのがハイムの特徴。
  

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  モジュール連棟部は、柱が2本となり合わさっている。
  このモジュール部とモジュール部の
  柱心間間に 柱巾寸法110mmが先述ピッチ寸法に加わる。
  2364+110+2364+110+2364・・・という形でモジュールが
  連棟される。

2)一般的な木造住宅(関東間)の場合、尺貫法で 
  1間=1820mm 半間=910mmとなる。

3)一般的な共同住宅(RC造のマンションを想定)の場合、
  メーターモジュール法で 1000、2000、3000、4000mm・・・となる。


 ハイムは、ユニット建材(ユニットバス等)を
 組み込む際は サイズ等がが一般的な
 戸建て向け、マンション向けとも異なるので そのあたりの
 調整がきくか 事前の注意が必要となる。



備考(ネット関連の文献より)

プレハブ住宅メーカーの住宅事業開始初期の技術開発に関する研究 
では

セキスイハイムM1は、モジュールピッチ 800mmモデュール(2400×5600mm)とある。
セキスイハイムM3は、8畳間への対応などから内法寸法900mmへ変更・・・とある。


ハイムでスローライフでは

ユニットには幅2250ミリで長さが2700、3600、4500、5400ミリのものと、
それぞれの幅が半分のサブユニットがあります。・・とある。
これは最新のパルフェ系のユニットサイズのことだろうか?この辺りは不明。


以上 モジュールサイズにまつわる情報まとめです。






なつかしの JT0/1ミーティング

いまから約20年前になるが、関東で いすゞ車のJT190、JT191、JT221など 型式番号の末尾に0や1の付く車のミーティングが行われた。場所は失念したが、この時会場に JT1系のナチュラル4WSサスペンション「ニシボリックサスペンション」を開発した 西堀氏がゲストとして招待されていた。



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場所は失念。




これはまた別のJT0/1ミーティングの時の写真

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確か場所は ヒーローしのいサーキットだったと思う。最近は個人情報保護の観点から 顔にぼかしをいれますが、某掲示板ですでに公開済みの写真でもあり、撮影からもう15~20年経過しているのでこのまま掲載しました。



お世話になったクラブはこちら。

1’s SPRITS


メンバーの方とは久しくお会いしていないが、お元気の様子で何より。

セキスイハイム M3の考察 5

古いハイムの外壁、屋根を塗装する際(もちろん塗装屋さんに依頼するケースが大半だと思いますが)、ガイナという断熱塗料を使うケースが多いとのこと。ハイム関連の検索をしていて知りました。

理由は・・・
日本の 「HⅡロケット」 で使われた断熱塗料「ガイナ」。
ハイムM3の屋根は鉄板屋根で、夏は暑く冬は寒い(現場の場所にもよりますが)ため、暑さ寒さが緩和されると好評とのことです。電気代が節約できエコになるらしいです。

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※注 写真の時の塗材は「ガイナ」ではありません。


神奈川県の 住まいる専家 さん

HPのコメントより
ハイムM3にガイナを塗る施工例が多いとのこと。また、ボルトタイプの折板屋根の座金の中にパッキンが入っていますが、経年劣化して硬化します。ここからの雨漏りも増えてきています。
(・・・らしいです。)




宮城県の ペンキ屋てっちゃん のブログ

ブログのコメントより
ハイムの家はメンテナンスをしていれば50年も60年も持つのではないでしょうか?磨けば光るという言葉がぴったりな建物で好きなハウスメーカーのひとつです。
プラスチックのキャップはシーリング材等で接着してありますが10年もすると腐ってボロボロになります。弊社では特殊な樹脂で塗り固めてしまう工法を用いてます。
(腐ってボロボロ・・という表現ですが、樹脂パーツはどのメーカーの部材でも 未塗装である限り、紫外線劣化でサクくなります。いい例が洗濯ハサミのプラスチックパーツ)



以上のリンク先の記述から・・
ハイムM3の弱点として、折半屋根を留めるボルト部分からの雨漏りが考えられる。まずボルトをカバーするプラスチックパーツは、紫外線で劣化して外れて、さらに劣化したボルト下部のパッキンから雨水漏水しやすい・・と考えられます。

ハイムM3系(M1~MRも同様と思いますが)の屋根塗装時は、塗装と同時に折板ボルト部分のシーリングも必須のようです。

笠付電灯(かさでん)

昔の 国鉄のローカル線の駅舎や駅名板に付いていたような、ノスタルジックな照明器具 笠付き電灯。実は今でも新品が買えるんです。私は自分の家に電線引き込み用の電柱が必要となったとき、これを電柱に付けて庭の照明としました。


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メーカーは、(株)笠松電機製作所

いろいろ検索すると、数多くのお住まいで、屋外・屋内問わず採用されているようです。商業施設ではラーメン店と居酒屋に多いと感じます。このカタチ 決してかっこいいとは言えないと思うのですが どことなく温かみがあって 好きな人はとことん好きなんですね。




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いまも現役のかさでん




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10年ほど前 民家の軒先に取り付けられていたかさでん。



この笠付電灯を検索してみると 2タイプの系統がありました。
1)三丁目の夕日チックなノスタルジックな味わいを求めた趣向

 ・電球の外灯かさでん


 ・裸電球の街燈



2)レトロ好きな方々のおしゃれ電灯として取り上げたもの

 ・笠松電機のインテリア実例




使い方は様々。価格も手ごろなので好きな人はどんどん使ってほしいです。


京都 三条通のレンガ建築物~中京郵便局~ 

京都市営地下鉄 烏丸御池駅にほど近く 三条通沿いにはレンガ造の趣ある建造物が立ち並んでいる。
その中の一つ 建築士の試験でも出題された 中京郵便局がある。

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中京郵便局(ウィキペディアより)

設計:逓信省、施工:安藤組
1902年(明治35年)に建設されたネオルネサンス様式、赤レンガ造りの美しい外観が特徴である。当局の面している三条通のこの一帯は、京都文化博物館別館や日本生命京都三条ビルなど、明治期以来の近代建築が多く残っていることで知られ、京都市から「歴史的界隈景観地区」に指定されている。また本局舎は京都市登録有形文化財であり「景観重要建築物」として指定もされている。
1973年(昭和48年)には改築計画が発表され、1974年(昭和49年)に一旦は局舎の取壊しが決定したが、反対運動などもあり、最終的には、外壁を残したままで内部のみを新築する建築手法(ファサード保存)を用いて改築された。この手法は、歴史的建造物の保存などを目的として多く用いられているが、この中京郵便局舎が日本で最初の実施例である[1]。
1998年(平成10年)には建設省(当時)により、公共建築百選に選定されている。

というわけで、ファザードの一部は明治時代のものだが、新築と同様に内部を一新した鉄筋コンクリート造である。



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1F内部には建築模型と説明文が展示している。
外観は2F建てだが、マンサード屋根の屋根裏部分を3Fとし、現在も郵便局として使用されている。



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旧レンガ造を取り壊し時の建材も展示。

完全に取り壊して新築するより、はるかに建設コストがかかったと聞きますが、それでも負けず
こうして、明治の優秀な建築物のたたずまいが残されていくことは すごい感動があると思います。

神戸居留地15番街

神戸市立博物館に隣接するこの建物。ボストン展(ボストン美術館所蔵品展覧会)を見に行ったとき、目に留まり 心に刺さった建物である。



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説明文(ウィキペディアより)
旧居留地十五番館(きゅうきょりゅうちじゅうごばんかん)は、兵庫県神戸市中央区の旧居留地にある西洋館。旧アメリカ合衆国領事館。
旧居留地に唯一現存する居留地時代(1868年~1899年)の建築物で、国の重要文化財にも指定されており、当時の街区境界の煉瓦塀や石柱などとともに保存されている。重要文化財指定名称は「旧神戸居留地十五番館」。
館は神戸市立博物館の西向かいに位置する。館の東玄関脇の歩道には日本最古の近代下水道である「旧神戸居留地煉瓦造下水道」(工事期間1868年 - 1872年)の遺構(国の登録有形文化財)が展示されている。
日没から23時までライトアップされる。



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建物前には説明文が入った案内板が立っている。




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1Fはレストランとして営業している。文化財の保存・活用のあり方として良いと思う。




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阪神大震災の時 全壊したが、再建に際しては門扉および外柵を創建当時のものに復原、その他 元の建材で明治時代の建築技術および最新の免震技術を導入した復元工事が行われて1998年に完成した。


港町・神戸らしいたたずまいである。

セキスイハイム M3の考察 4

低い天井高さでも圧迫感を感じさせないようにする。ハイムの中でも、古いタイプのハイムM3は天井高さが2300mmといまの水準では低い。

ビフォーの状態

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これは、ユニット工法であるが故、工場生産されたユニットを現場でトラック輸送される関係で 道路交通法の制約も受けるため、当時はユニットの天井高もこれ以上取れなかった。建築基準法で定める居室の最低天井高さが2100mmなので、建基法ギリギリという仕上がりであった。



アフターの状態

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ポイントは
1)照明器具をペンダント型をやめ、すべてシーリングタイプに統一した。

2)天井面をホワイトとし、廻り縁をできるだけ細いすっきりしたものに交換した。

ハイムの廻り縁は変にごつく、西洋アンティークっぽい断面形状なので、これは交換すると印象がかなり変わります。天井面と壁面のクロスが同じデザインとするなら、なくしてもいいくらいです。

駒井家住宅(ヴォーリズ建築)

京都市左京区北白川、電車の駅でいうと 叡山電鉄「茶山」駅の近くに 今回紹介する「駒井家住宅」(財)日本ナショナルトラスト(以下JNT)により保存・活用されている。(公開日を定めて一般公開している。詳細は駒井邸のリンク先を参照ください)


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主庭側より撮影



建築家 ヴォーリズ氏とは(ウィキペディアより)
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories、1880年10月28日 - 1964年5月7日)は、アメリカ合衆国に生まれ、日本で数多くの西洋建築を手懸けた建築家。
建築家でありながら、ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人としてメンソレータム(現メンターム)を広く日本に普及させた実業家でもある。そしてまたYMCA活動を通し、また「近江ミッション」を設立し、信徒の立場で熱心にプロテスタントの伝道に従事した。よく「宣教師」と紹介されるが、彼はプロの牧師ではなく信徒伝道者である。讃美歌などの作詞作曲を手がけ、ハモンドオルガンを日本に紹介するなど、音楽についての造詣も深かった。


また、駒井卓博士とは(ウィキペディアより)
駒井 卓(こまい たく、1886年5月9日 - 1972年7月9日)は、動物学者、日本学士院会員。兵庫県姫路市に生まれる。旧姓・福田。東京高等師範学校卒、東京帝国大学選科修了。コロンビア大学留学ののち、1925年京都帝国大学、東京帝大兼任教授、1947年東大定年退官、1948年学士院会員、1949年国立遺伝学研究所部長。
1924年2月 東京大学 理学博士 「Studies on two aberrant ctenophores, Coeloplana and Gastrodes(二種の異状なる櫛水母シロープラナ及びガストロデスの研究)」。
動物遺伝学、動物系統学、進化論を研究。

閑話休題

旧・大丸心斎橋店の建物が このヴォーリズ氏の設計である。
関西で育った私にとっては、そのためか 初めてこの駒井邸に接しても、どこか懐かしい気持ちがしたものだった。



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正面玄関側より撮影。玄関上のアーチ型の飾りが美しい。また 屋根は日本の瓦で葺かれている。建築費を考え、材料調達のしやすい屋根材としたのであろう。しかし、全体の調和のなかではしっくりしている。




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正面玄関 室内側より撮影。画面には映っていないが、靴箱、小物入れなどが壁面に面一に収まり、凹凸のないすっきりした壁面であった。




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駒井邸のエクステリア




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門扉も味わい深い。




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お風呂は五右衛門風呂。このあたり建物の年代を感じさせる。


補記
JNTといえば、鉄道好きの私にとって、大井川鉄道の車両保存活動が真っ先に頭に浮かんだが、このように建物の保存・活用を行っていることを この建物を訪問して初めて知った。今後とも 何らかの形で応援していきたい。

セキスイハイム M3の考察 3

玄関ドアを交換。外壁は白/破風をダークグレーとモノトーンとしたかった(この家のデザインには工業デザインチックな色が似合うと思ったので)。ただ 家の顔となる玄関ドアは ビビッドな差し色としたかった。


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玄関ドアは三協アルミ モダーニを採用。



ビフォーの状態

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この状態の玄関ドアは、ドアの天地寸法 2000mm 現在は2300mmがスタンダード。三協のモダーニも2300mmなので、ドアだけでなく 2300mmのドアと干渉する玄関ポーチ上のひさしも交換することとなった。



アフターの状態

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ひさし部分は木製の構造材+ガルバニウム板の化粧。ひさし下面には人感センサー付き照明を組み込む。



正面全体の感じ

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施工状況


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既存玄関ドア撤去




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既存玄関ドア枠撤去 土間との取り合いは、一部タイルを斫る。




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木製下地を組む。




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モダーニのドア枠を組み込む




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土間取り合い部分




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新・玄関ドアを取付




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玄関ひさしの木製下地の状況




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土間取り合い部分は、レンガを追加して仕舞いする。





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撤去したポーチ上のひさしの柱跡




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ここもタイルで仕舞する。グレー色とし、アクセントとした。



セキスイハイム M3の考察 2

ハイム考察 キッチンの改善編

この建物が新築されたのは、記録によると1981年 ちょうど建築基準法が改正された年に当たる。ここでは基準法どうこうとは関係ないのだが、窓の天地の大きさを広げ、キッチンの採光を改善したリフォームの記録を紹介する。


ビフォーの状態

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この窓は南東面にあるが、窓の天地高さが低く、キッチンが暗い。
当時のハイムでは、システムキッチンのパーツを パズルのように組み合わせるだけのプランだけだったので、細かい融通が利かなかったのだろう。




アフター

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天井近くの棚が 必要以上に数が多いため撤去し、窓天地を拡大。
また、キッチン部分の照明を交換しました。


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採光状態を横から撮影

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工事状況の記録

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サッシのまわりに木枠を入れ、天地が大きい窓&窓用シャッターを組み込みました。
実際は、写真で見る以上に明るいキッチンに仕上がりました。

Asso di fiori(アッソ・ディ・フィオーリ)

2001年 いまからもう17年にもなりますが、いすゞオーナーズミーティングで JRピアッツァのプロトタイプモデル(モーターショー出品車)の Asso di fioriが復原されて展示されました。


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全体に、量産車ピアッツァと比べると 丸みを帯びたプロポーションです。
写真ではわかりづらいかもしれませんが、実車を見ると 量産型JRピアッツァとは似て非なる印象を受けます。

シャープな形なのですが、シャープの中にやわらかさがある。


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エンジンルーム内 PFジェミニと同じエンジンです。可動とのこと。



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レストアされたスタッフのみなさん。


この Assoの復原のキーマンだったNさん。
当時の雑誌 小学館「ラピタ」(現在は廃刊)にも掲載されました。


(こぼれ話)
実はこのNさん、JT221ピアッツァのインテリアのデザインを担当された とのことでした。

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・インパネはジェミニクーペ、PAネロは逆Rにえぐれたラインが入っていましたが これをやめて張りのあるインパネにした。

・ステアリングはNさんのデザイン(MOMOがデザインしたわけではないとのお話でした。 また、私個人のこのハンドルのデザインでの感想は 真ん中の handring by LOTUSの丸エンブレムがオシャレと思います。)

・マニュアル車のシフトレバーは 開発陣のなかで「テルテル坊主」と呼ばれたデザインだったそうです。


Nさんの美的感覚が注入されたJTピアのインテリア いまも好きです。







セキスイハイム M3の考察 1

あったかハイムのCMでおなじみ セキスイハイムのユニット工法式住宅

いまは パルフェシリーズに統一されているが、かつてはM1、M2、MR、M3という系譜があり
平屋根のユニット住宅のデザインが、シンプルでした。

日本全国(豪雪地域や、潮風のきつい沖縄などを除いて)どこの地域でも見かける形式ではないでしょうか。


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奇しくも、私自身がこのM3(正確にはM3NEW)を中古住宅で購入し、自分なりにイジリました。

実際の工事は いすゞ車好きを通じて知り合った、jamayanさんという一級建築士の方ですが、その人の仕事ぶりを見て、(また その後の職場で知り合った同僚の影響もありますが)自分もいまは一級建築士を取り、ハイムの生い立ちに興味を持ち、判らないことを調べていくのが ある種 趣味?になりました。

ここで、そのレポートを(気の趣くままですが)していきたいと思います。



1)セキスイハイム M1について

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1970年に第1回「東京国際グッドリビングショー」でデビューして以来、画期的なユニット工法を採用して高い性能と品質を追及したユニット住宅とのことです。建築家の大野勝彦氏との共同開発により商品化したとのことで、今見るとシンプルモダンな形状は21世紀でも通用しそうです。
「日本のモダニズム建築100選」で工業化住宅として唯一選定されました。

構造は 軽量鉄骨の柱、梁をスポット溶接した「ボックスラーメン構造」を取り、工業化性能認定を取得しているとのことです。木造のような耐力壁でもたせる構造ではないです。

学術的に 「ユニット化住宅の再活用可能性についてのスタディ」というレポートもあります。

ハイムM3は、このM1の改良製品で、このM3モデル以降のハイムは 現在も「再築システムの家」として ユニットごとにバラして回収。工場にて新築同様の品質検査・メンテナンスをして改修、再築されるというシステムを取っています。

いま現時点(2018年2月現在)の建築基準法をクリアする強度を有しているとのことです。

2)自分のいじった点(数回に分けてレポート)

 外観は以下のように塗りかえ、玄関ドア・ポーチ屋根部を交換 そしてガレージを増築しました。ちなみにこのガレージは木造で 構造的にも独立したものです。(母屋側に柱、梁の荷重は持たせておりません)


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続きは日をあらためてレポートします。

注:本ブログの記事は積水化学工業(株)とは一切関係なく、個人的に工事を行った記録です。この記事を参考に行った施工については、いかなる瑕疵、損害が生じても当方は一切責任を負いません。

ガレージハウスのいじり記録 その3

ガレージハウス 工事の続き


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前回は下水管の接続まで行いました。

また これを機に、雨水の排水経路も整備することとしました。



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ガレージの竪樋と雨水排水管をつなぎます。いままでガレージ部分は土に垂れ流しでした。



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雨水配管を延長




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要所部分で雨水溜枡に接続。以前は溜枡もコンクリート製の四角のものでしたが、塩ビ製の丸いものと交換。水経路もリフレッシュです。




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玄関ドア横の溜枡は、そのままとしています。ここを交換するとなると写真右の玄関ポーチの土間を割る必要があるため、工事が大掛かりになるからです。




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溜枡の中のたまった泥を掃除し、排水の可否を確認しました。


以上で工事は終わりです。




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現在、防草シートを張り、その上に砕石を敷いて雑草対策です。


ガレージハウスのいじり記録 その2

ガレージハウス 工事の続き


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この画像は昔のものです。今回の工事には関係なし。

さて 工事の続き。

下水管引込口と接続するため 門塀を撤去し、下水配管の塩ビ管を通すため溝をユンボで掘るところからスタートです。

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下水管引込口です。




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引込口入口の溜枡です。




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溝を掘っていきます。




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溝に配管します。




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ガレージのピットからの排水口です。ここも接続します。




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溝を掘っていきます。




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配管を通していきます。





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ガレージ裏手です。ここはユンボが入らず 手堀りとなりました。




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配管を行います。




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ガレージピットと下水管を接続。




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元々あった単独浄化槽。これは配管の邪魔になるので撤去します。




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生活部分の水回りと接続




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浴室排水管と接続。




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便所(左)、洗面脱衣室(右)の排水管と接続。




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キッチン部分の排水管と接続。

続きは次回にて・・・。

ガレージハウスのいじり記録

本年初の更新です。もうご無沙汰ですが やっと更新の気力が出てきたところで・・

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タイトル部は愛車PIAの写真ですが 内容は建築モノ?です。

PIAがいたガレージハウスをいじりました。といっても業者に工事をお願いしましたが・・

どこを というと いままで単独浄化槽だったのですが、下水管の漏水を機に 開通した公共下水道へ接続しました。そのレポート3部作です。


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配管設計図



工事

下水管接続口まで 既設の門塀を取り壊し

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壁をこわし、下水道引き込み口が見えてきました。続きはまたアップします。